癒着胎盤で手術しました。~事の始まり編~

癒着胎盤で手術しました。~事の始まり編~

娘ちゃんがすぐに起きてきちゃうので、3カ月の頃より自由の時間が減った感じなこの数カ月。娘ちゃんはもうすぐ7カ月になり、6カ月を過ぎてから始めた離乳食は一進一退です。(遅めの開始だと思いますが・・・)
娘ちゃんの初旅行、初ラブロマンス(!?)、離乳食のことなど、色々と書いて記録しておきたいことはあるのですが、忘れる前に、自分の体験した癒着胎盤の一つ、嵌入胎盤(かんにゅうたいばん)の手術をして出血多量で死ぬかと思ったーという話を今回は書きたいと思います。

そんなに深刻なモノだと誰も思っていなかった手術

出産そのものは長時間でも無かったし、最後の最後はお医者さんにグイグイ開いてもらったようだけど、無痛分娩で、滞りなく終わったので、『命がけ』とまで感じてはいなかった、今回の出産。(たぶん、超安産。)

出産後、お世話になった産婦人科でフォローアップの診察が約2カ月後にあったときに、まだ茶色の出血が少し見られるって話しをしたんです。それからちょっと大事に・・・。

二カ月近く経っても出血というのはちょっと変だから・・・ということで超音波の検査をすることになり、調べたら流れ落ちなかった胎盤の残りがまだあるらしく、急いでこれを何とかしなくちゃいけないということで二つの選択肢を言われました。

1. 子宮収縮剤を膣から入れて、子宮に留まっている胎盤の残りを薬で出す
2. 内視鏡手術をして、取り除く

で、私が選択することなく、先生の強い勧めで、授乳を必要としている娘ちゃんのことを考え、1.の『薬で胎盤の残りを出す』ことになりました。

ところが、私の子宮はこの薬が全く効かず、結局、その翌週に緊急で手術をして取り出すことに。。。

正直、「どうしよう!娘ちゃんは授乳間隔が二時間前後で、哺乳瓶で飲むのも嫌いだからなんとかなるような気が全くしない!!」という心配の方が強かった私。手術後の麻酔(全身麻酔で手術を受けます)の影響が母乳に出ないかとか、手術そのもののことよりも、娘ちゃんのことばかり気になって仕方ありませんでした。

実は今までに2回流産したときに、その度に小さな組織が子宮に残っていて、2回とも手術で取り除くことをしていたので、変な言い方ですが・・・慣れていたんです。

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手術に辿り着くまでが、なんだか大変。

手術をしたのは生後3カ月にもうすぐなる頃でした。

私がお世話になっている産婦人科は小さなクリニックで、出産や手術はその先生が関わってる総合病院でやることになっています。

緊急手術だったので、キャンセル待ちリストの一番上に名前を載せてもらい、病院の都合の良い時に電話が来ることになっていました。産婦人科の先生曰く、14時頃に電話がかかる可能性が高いからその6時間前には食事を摂り終えて痛み止めを飲むように言われていたので、8時には食事を終えて電話を待っていたところ、電話がかかってきたのはお昼の12時。全身麻酔の手術のため、その前に食事をしていたら危ないそうで、でも14時まで病院も待つわけには行かないからこのチャンスで手術をすることはできないと言われ、結局その日の手術は無くなりました。

このことを踏まえ、翌日は朝の4時には食べ終えて電話を待つように言われてその通りにしたけれど、あれは辛かった・・・。授乳があるのでご飯抜きにはできなくて、こんなことになってるのだけど、朝の3時起きで、朝ごはんを食べ、寝直して、娘ちゃんが起きたら授乳して。。。この日だけのことと割り切りつつも、いつもとは全然違う生活リズムに違和感が半端無かったです。「私、何やってるんだろ・・・」と、なんだか滑稽にも思えました。

無事、11時頃に呼ばれて、13時から病院の手術をするための人たち用待合室で、実際いつ手術になるかまだ分からない中、隙間時間が出来てそこで手術をすぐ受けられるように2時間近く待機して、やっと手術を受けられることになったときはホッとしました。

というのも、病院で待機している間、いつでも授乳できるように、娘ちゃんも私とずっと一緒にいたんです。そして、いつでも娘ちゃんを預かってもらえるように、夫のイブちゃんも隣で一緒に待機してました。

なんとか哺乳瓶2本分の母乳を用意したものの、カバンを横にしていたらそこから半分ほど漏れてしまっていたハプニングもありつつ、徐々にぐずり出す娘ちゃんを宥めつつ、無事手術を受けられることになり、「何時頃に今日は家に帰れるかなぁ・・・」と呑気なことを考えながら手術を受けてました。

ちなみにイブちゃんは娘ちゃんを連れて会社へ戻り、仕事を再開。手術が終わり、退院できるようになったら(日帰り手術)、病院がイブちゃんへ迎えに来るよう連絡が行くことになっていたためです。

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手術を終えた後からが、急展開。

手術が終わり、目が覚めたときは第一リカバリールームにいました。ここでしばらく様子を見て、問題なければ第二リカバリールームへ移動し、家族に迎えに来てもらって、退院というのが一連の流れです。

目が覚めて思ったのは、生理痛のようなお腹が重いような痛み。

看護士さんが痛み止めをくれて、それを飲んでもなかなか効かず、さらに追加でもらいました。
ウトウトしてると、お世話になってる産婦人科の先生が来て、「実は、出血がひどくて大変な手術だったのよ・・・」と説明してくれました。

先生の話によると、出血がひどくて取り除きたい部分が見えないので、バルーンを子宮に入れて、それで押し潰すことにしたとのこと。「これからバルーンを外すね~」と言われ、私は「バルーンのせいでお腹が痛かったのか!」と納得してました。この痛み、もう、本当に邪魔くさくて、バルーンが無くなればスッキリするんだろうなぁと思っていました。

私のベッドの周りのカーテンを閉め、先生がバルーンを外そうとしたところで、ちょっとお股の辺りでバタバタと状況が変わってきました。先生が「出血していて、傷口が見えず、止血できない」と言い、看護士さんが懐中電灯みたいなのでサポートをするも、膣の奥の方までは見えず。そうこうしているうちに、私はだんだん顔(頭?)の血の気が引いてきて、寒くて仕方ないし、震えが止まらなくなってきた。こりゃいかんと、先生に「身体が痺れるんです・・・」と伝えたいけれど、口が回らないし、息も絶え絶えな感じに。そんな私の様子を見つつ、先生はそっと微笑みながら「大丈夫、大丈夫だからね」と励まし、「傷口がここだと見えないから手術室に戻ろう」と言って、急遽二回目の手術が行われることになりました。

それを聞いて思ったのは「娘ちゃんのご飯(母乳)が足りるかな」ということと、だんだん息をするのが辛くなり「こんなに簡単に、人は死んでしまうのかな」ということ。

「あー、私、このまま死んじゃうのかも・・・」と思ったところで、「いやいや、まだ走馬灯が見えてないから、ここでは私は死なないんだろうな」と冷静に考えて、二回目の手術に挑んだ私。(と言っても、連れていかれ、麻酔を嗅がされ・・・されるがままだっただけですが。)

えーと・・・長くなりそうなので、二回目の手術後の話は次回にします。。。

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